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Author:みゅうみゅう
美味しいもの大好き!!

 このブログでは、「江戸時代」に焦点を当ててみました。
「江戸時代」といっても260年と長いので、物価に関しては、解りやすく1文20円で統一してあります。

現代のこと、畑や自然や旅行に関しては↓
http://blog.goo.ne.jp/myu-myueno

美味しいレストラン紹介は↓
http://u.tabelog.com/myumyueno/  

まで。。
良かったら読んでくださいね^^


また、江戸時代の色々な文献を読んでみてます。
面白い話題があったら、どんどん
以前の記事を改編していきたいと思っています。
写真の追加とかも・・・。

よろしくお願いします。m(。。)m...☆

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古くから使われていた酢の消費量が飛躍的に伸びたのは江戸時代でした。
それは、鮨をはじめ、なますや酢の物、三杯酢等を使った様々な料理などが
一般に出回るようになったせいでもあります。

では、その歴史をひも解いてみましょう。

酢は塩とともに調味料の中では最古のものです。
<米酢>の製造方法が中国から伝来したのは、
応神天皇の頃(5世紀前後)と言われています。

           ↓

7世紀末~8世紀の初めの都・藤原京跡から出土した木簡(もっかん)に
<酢>
の文字があります。
古来から中世にかけての調味料は、
また、料理に使うのではなく、
小皿に入れて各自好みで味付けするとゆー方法で使われていました。
           ↓

その後、野菜の酢漬けやなますが現れます。
室町時代には、わさびや生姜などと合わせて刺身につける「合わせ酢」が登場します。

           ↓

江戸初期に刊行された『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』には、
「昔から和泉酢を上としている」とあります。
この上とされていた古来から伝わる和泉酢の製法が、相模や駿河に伝わります。
各家庭で作られていた酢が、製造業者が作るようになっていくのです。
でも、まだまだ大量生産・大量消費にはいたりません。

           ↓

より広がりを見せるようになったのは江戸後期

尾張の知多半島で作られていた<粕酢>が、
江戸で大量の酢が求められるようになったのを支えることになります。
ここ知多半島は、江戸への海運の便がよく、
濃尾平野という穀倉地帯を控えていることから
酒をはじめ醸造業の盛んな地域だったのです。

鮨が庶民の味になってきたのも大きな要因。。
鮨に使われるのは<米酢>ではなく<粕酢>が多かったとのこと。
<粕酢>が、江戸で成功を収めたのは味と値段にあると言えます。
<米酢>より甘いため、鮨にするときに高価な砂糖を入れる必要がないとゆーこと。
また、酒粕から製造されるため値段が安く抑えられるとゆーこと。。
安く安く抑えられる<粕酢>の成功は必然だったのでしょう。
<米酢>は古来からの味ですが、
<粕酢>は江戸とゆー時代が作り上げた味と言えるのでしょうね。

そして、この頃になると料理文化が発展し料理本も色々刊行されます。
『料理早指南』とゆー本には「酢の物の部、加減の事」とゆー項があり、
酢に焼き塩を入れて煮返した「煮返し酢」や
酢と醤油と酒を合わせた「三杯酢」。
豆腐と白ゴマをすって酢に溶きこした「白酢」など
10種類もの合わせ酢が紹介されています。

酒粕を原料にした<粕酢>は、
濃い赤褐色で酒粕のいい香りがして、
今の鮨酢よりあっさりした甘みを持つ酢だったそうです。。
この<粕酢>は、今でゆー<赤酢>のこと。。
少量ながら今でも食べることが出来ます。






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