江戸時代、食べられることが多かった瓜。
日本では古来から「ウリ(フリとも)」の名で親しまれてきました。
縄文時代に伝わってきたとされています。
江戸時代にも様々な種類が出回っていました。
その中でも今回は、いくつかの瓜を取り上げてみたいと思います。
(胡瓜(きゅうり)は、前回取り上げましたよね?)
歯ごたえが自慢の
白瓜・越瓜(しろうり)。
奈良漬や浅漬けにして、よく食卓に上ったそうです。
胡瓜(きゅうり)より堅く、
その歯ごたえが江戸人の好みにあっていたのですね。
有名なのは、田端シロウリ(現在の文京区田端付近)や
玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)
(現在の大阪市中央区玉造付近)。
とくに玉造黒門越瓜は、一般に<くろもん>と呼ばれ、
実は最も長大、濃緑色で八〜九条の白色の縦縞があり、
糟漬けにして美味しかったコトから浪花名産の一つとされていました。
江戸時代の狂歌師・貞柳も、
黒門といえども色はあおによし奈良漬にして味をしろうり と一首読んでいます。
続いて、甘みが魅力の
甜瓜・真桑瓜(まくわうり)。
『水菓子』という異名を持つほのかな甘みの瓜。
副食として人気でした。
鳴子瓜(なるこうり)として呼ばれていたのは、その産地名から。
(現在の新宿区成子坂付近)
江戸初期 幕府は、
美濃の国真桑村から農民を呼び寄せ、
鳴子と府中の是政村(現在の府中市)に御用畑を設け、
甜瓜を栽培させていたそうです。
「上等の瓜で、唐瓜とも言い、暑気をはらい、
喉の渇きを止め、二日酔いによく効くと、重宝がられている」 とあります。
そして今回最後は、
冬瓜・鴨瓜(とうがん)。
原産地は東南アジア。
古くは果実の表面に毛があることから
加毛宇利(カモウリ)とも呼んでいました。
「カモ=毛氈(もうせん)」に似ていると見たのですね。
奈良時代には価格がウリのなかで最高であったともいわれます。
江戸時代には、冬瓜を切売りしている様子が画かれているものもあり、
よく食べられていました。
果実は貯蔵性にすぐれ、半年間の保存にも耐えられます。
瓜は、庶民にとっても身近だった野菜。
いろんな種類があるのはもちろん、
ひとつの野菜にも様々な字が当てられていました。
上に記載されている漢字もその中の一部です。。