江戸市民は、元旦・二日・三日の「三箇日」にそろって「雑煮椀」を食べるならわしでした。
江戸の「お雑煮」とはどんなものだったのでしょう?
江戸は、多国籍都市。
諸国からたくさんの人が流入して暮らしている都だったので、
ひとつ屋根ごとに異なる「ふるさとの雑煮」がありました。
味噌味・白味噌味・すまし汁・けんちん汁・煮込みetc...
はじめは、みんなこれを食べていました・・・。
さて変わって、江戸にも「
江戸の雑煮」がありました。
家康が江戸入りした頃からずっと変わらず守り伝えられている味。
いたってシンプルな具。
焼いた切り餅に醤油味のすまし汁。
小松菜・大根・里芋が泳ぐように、ちょこっと入ってるもの。
これはめでたさに浮かれる正月気分を引き締め、奢りを戒め、
質実剛健の「もののふのこころ」を忘れないようにしようとする心。
これを将軍をはじめ、旗本・御家人・中間・小者といったものまで、
貴賎の別なく主従平等の椀を三日間食べ続けることによって、
家内の団結を一層高める役割があったそう。。
神君家康公の教えは絶対でした。
代々の将軍は、これに習い「
質実剛健な江戸の雑煮」を受け継いでいきます。
将軍がこれをするのですから、まさか「豪華な雑煮」を従者が食べるわけにいかなく・・・
右に習えで、延々とそうなっていきます。
これがいつしか庶民に広がり、
裏長屋の中まで、
この「
質実剛健な江戸の雑煮」「
質素で慎ましやかな雑煮」を食べることになります。
そして、この川柳。
三日喰う雑煮で知れる飯の恩米大好きな江戸庶民、正月頭の我慢のしどころになったのです。
米を食べれないのは、さぞ辛い出来事だったのでしょう。