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みゅうみゅう

Author:みゅうみゅう
美味しいもの大好き!!

 このブログでは、「江戸時代」に焦点を当ててみました。
「江戸時代」といっても260年と長いので、物価に関しては、解りやすく1文20円で統一してあります。

現代のこと、畑や自然や旅行に関しては↓
http://blog.goo.ne.jp/myu-myueno

美味しいレストラン紹介は↓
http://u.tabelog.com/myumyueno/  

まで。。
良かったら読んでくださいね^^


また、江戸時代の色々な文献を読んでみてます。
面白い話題があったら、どんどん
以前の記事を改編していきたいと思っています。
写真の追加とかも・・・。

よろしくお願いします。m(。。)m...☆

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今は鉄とビニールでできた傘も、
江戸時代は紙と竹。リサイクルの対象になりました。

傘の古骨買い(再生するため専門に買い集める業者)

買値は傘の状態によって、四文、八文、十二文の三段階。
これ以上の超オンボロは燃料用に別に売ります。
買値が中途半端な金額なのは、
四文銭というコインが広く流通していたため、
四の倍数になっているからです。

古傘問屋

古傘買いが買い集めた古傘は、
専門の古傘問屋が集めて油紙をはがして洗い、
糸を繕ってから傘貼りの下請けに出しました。
時代劇には、
裏長屋に住む浪人者が内職に傘を貼っている場面が
しばしば登場しますが、
あれはほとんどが古傘の再生だったのではないでしょうか?

はがした油紙は、
痛みの激しい部分には焚き付けにでもしたのでしょうが、
広い面積が使える部分は丁寧にはがして
特殊な包装用に売っていたそう。
傘に貼ってあったから雨風にさらされて桐油の臭みは抜けていますが、
まだ防水性が残っているので、
味噌や魚の包装紙等に使われていました。

見事なリサイクルシステムです^^。。






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江戸時代、リサイクル業者は色々いました。
今よりもっとエコ度が高かったのです。

こちら鋳掛屋は、金属製品の修理専門業者。

江戸時代から昭和期にかけての家財道具である鍋・釜は
鋳造によって作られていました。
当時の鋳造技術ではスが入りやすく、
またひび割れ等により穴が開くことが多々ありました。
その一方、「月夜に釜を抜かれる」といったことわざに
みられるように泥棒が真っ先に狙うほど鍋釜は大変な貴重品でした。
従って穴が開いたとしても、
容易に捨てたり買い換えたりするわけにいかず、
修理しながら使っていたのです。
燭台が折れたりした時も直して使っていました。

一般的には村々を巡回する商売でした。
従って鉄を溶解するような設備を持ち歩く訳には行きません。
鉛や錫などの低融点金属を用いて穴を塞いで(ハンダ)いたのです。
金属を「鋳て」(溶かして)「かける」から
いかけや」といったのです。

今では全く見かけませんが、
ものが貴重だった昭和30年代頃までは、
東京の住宅地でも巡回していたそうです。
但し、職業としては今も残っています。
小型の鐘、大釜などを直す鋳掛け屋です。







今は、陶磁器を割ってしまっても接着剤などを使えば、
誰でも割合簡単に接着できますが、昔は修理専門の職人がいました。
割れた茶碗や瀬戸物類を接着して再生するのが普通だったのです。

古い時代は、陶磁器類の接着に漆を使っていました。。

江戸に入っても、高級品は漆で修理されていましたが、
江戸中期
白玉粉(鉛が主成分)やふのり(無色ガラス粉末)で接着してから
加熱する焼き接ぎ方を発明した人がいて、
普通の安い茶碗などは、この方法で修理するようになりました。

川柳や浮世絵では、
『番町皿屋敷』のお菊が井戸の中から皿の修理を頼み
焼継屋が腰を抜かす、といったシーンも登場するようになりました。









江戸時代の日本は「紙使用大国」でした。
江戸時代後期に日本へ来た西洋人の記録に、
日本人が紙をたくさん使うことに驚く場面が、しばしば出てきます。

日本に紙の製造が伝わったのは七世紀はじめ。
初めはやはり貴重な素材でした。
子どもの絵本やちり紙にまで使えるようになったのは、
世の中が平和で安定した江戸時代になってからです。。

しかし江戸時代、紙は全て手漉き和紙。
今よりはかなり貴重なものであることには変わりません。
一度使われた紙はすべて回収され、汚れ具合によって選り分け、
再生(漉き返し)されていました。

<紙屑買い>

買い取りを専門とする業者の主流は、昔も古紙回収業でした。
昔の言葉では<紙屑買い>といい、現在のちり紙交換業です。
紙屑買いは、天秤棒を担いで町を巡回して古紙を買い集める商人。

「てんかみくず、てんてん」と言い歩いて買い集めていました。
        (「てんてん」は古手の意味 )

普通は零細ではあっても自分の資本を持った商人で、
不要になった帳簿などの製紙品を適当な価格で買い取り
紙屑問屋に売ります。
主に古紙を買ったから紙屑買いというのですが、
この業者は、実際にはほとんどあらゆる不要品を買ったようです。
古金といって、不要になった金属製品、
場合によっては古着、古布などを買う紙屑買いも多かったようです。
昔は何を買っても転売して利益を上げられたことが解ります。

<紙屑拾い>

資金はないですが、
それでもリサイクル産業に従事したいとゆー人は紙屑拾いを職業にします。
同じ古紙を集める専門業者でも、
こちらは籠を肩にかけ、
町中をせっせと歩き廻って落ちている紙を拾い、
それを紙屑問屋へ持っていって、わずかな日銭をかせいでいました。
こういう人でも何とか最低限の生活ができたほど、
昔はものが貴重だったのです。
江戸時代の絵にはあちこち登場します。かなり大勢いたようですね。

<紙屑問屋>

古紙、紙屑(蜜柑の皮や綿屑や糸屑も・・・)を仕分けし、
主として漉き返す業者に卸した点も今と大差ないです。
現代の紙は、1ミリか2ミリぐらいの長さしかない
パルプの繊維でできていますが、
伝統的な和紙は、10ミリ以上もの長い植物繊維でできていて、
しかも、ほかに 加物がなく漉き返しが容易でした。
そのため、各種の古紙を集めてブレンドし、
ちり紙から下級印刷用紙まで、
様々な再生紙に漉き返すことができたのです。 

  <漉き返し>

   古紙から再生紙を作ることを、
   江戸時代では「漉き返し」と呼びました。
   漉き返し紙には高級なものから安価なものまで多様なレベルがあり、
   安価なものは「落とし紙」(トイレットペーパー)などに
   使われました。
   有名な漉き返し紙には、江戸の「浅草紙」、京の「西洞院紙」、
   大坂の「湊紙」などがあります。

         ①古紙を細かくする。
         ②釜で煮る。
         ③桶で冷やす。
         ④水を絞り、川で洗う。
         ⑤板の上でたたく。
         ⑥漉いて乾かす。



現在の日本の製紙原料中の古紙の比率は、
世界最高の五十数%にも達しています。
江戸時代の比率はよく解っていませんが、
これ以上だったのではないでしょうか?


☆落語に「紙屑屋」とゆーお噺があります。
 このお噺&紙屑屋について、
 下記のサイトで解りやすくイラスト化されています。
 よかったらどうぞ^^
  →http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/02/index.html










環境問題が叫ばれる昨今、
<割り箸>の使い捨てについても色々言われています。
江戸時代の<割り箸>事情はどうだったのでしょう?
調べてみました。

とってもエコな江戸時代。
この<割り箸>もリサイクルされていたのです。。
知ってました???
それも驚きの方法で・・・。

まずは高級料亭(第一次)。
上等な割り箸が使われていました。

ここで、使用済みの割り箸は集められます。
そして箸処と呼ばれる箸の製造業者のもとに運ばれ、、、
削りなおし、白木の丸い箸に仕立て直されます。

この丸い箸が使われたのが、
主に蕎麦屋などの外食産業のお店(第二次)。

そこでも、洗って使いまわすなんてことはしません。
一回使い終わった箸は、また箸処へ。
二回目のおつとめの終わった箸は、
今度、漆を塗って塗り箸へと変身させます。

これらの塗り箸は、一膳飯屋(第三次)へ。
今度は、漆が塗ってあります。
何度となく洗って使いまわせます。。
ボロボロになるまで利用されていたようです。。

いや~~~。
すごいです。。一本の<割り箸>がここまで使えるものか。
正直びっくりです。。
このシステムが今も受け継がれていたのなら、
現在のように<割り箸>が
環境問題の一点として語られることはなかったのでしょうね。








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